|
|
|
E-commerce ETSY Dreamaid Travel Airbnb CourchSurfing Roomorama Mobile Payment Square M-Pesa Saving SmartyPig Triodos Bank Business For Sale Business For Sale Daltonsbusiness Social Entrepreneurship The Young Foundation UpRising Others Instructable Kickstarter |
|
今日から僕の友人がオーストラリア2部のプロサッカー選手になる。
クラブのユース出身でも、まして日本の大学でレギュラー選手でもなかった彼が、日本でプロ選手になることなんて夢のまた夢の話。 満足行く結果が出せなくて、日本ではJ2はおろか、JFLからも声がかからないとき、人はどうするだろう? きっと人は妥協をする。自分の限界はここにあると判断して、体育会なら体育会のコネなんかを使いながら、それなりに素晴らしい新たな人生の道を選択する。 でも彼には一度しかない人生の20代という限られた時間の中で、ずっと憧れだったプロのサッカー選手になる夢をあきらめなかった。「日本が駄目なら韓国でもいい、香港だっていい。」「自分が進む道はまだ閉ざされたわけじゃない。」 なぜか? それは彼の夢がプロのサッカー選手になることだったから。 “その場所”でプレーするかどうかは重要な要素であっても、全てではなかった。 僕がこの記事を書く目的は、夢をあきらめない素晴らしさを説くためではない。 そりゃ僕だって、松岡修造みたいなタイプが嫌いなわけじゃないし、現実的でクールなやつよりは、ちょっと熱血漢で夢追いがちなタイプが好きだ。 でも実際の彼はすごく現実的で、海外に行くなら将来のためにと英語圏を優先したし、体育会とアルバイトを両立していた彼が海外で自分を売り込むことが出来る期間は長くても数ヶ月、実績がなくてもビザが取れるかどうかだって調べに調べた。それでも駄目だったときの事を考えて、スポーツインストラクターの資格だって取得した。 向こう見ずになる必要はない。生まれや運や才能や能力が物事を決めることは、この世の中には沢山ある。でも思考力や発想力を変えることで、道を切り開くことがきっと出来る。たとえ何処かでつまずいても、道はきっと他にもある。 百万個見つかる言い訳よりも、一つでも多くの可能性を見つめること。視野を広げてみること。今の僕たちの同世代は、いわゆる就職活動という出来事や社会人生活の中の不条理の中で大いにもがき苦しんでいるけれど、一方で視野を広げればこんな素晴らしい実例を見つけることが出来る。 僕たちは誰しも本田や香川のようになることは出来ない。 でもそれは、妥協を繰り返して誰かの人生を生きることではない。 自分を知ること、現実を知ること、努力を続けること、視野を広げること。 自分の人生を生きるとは、きっと彼のような人生を言う。 |
|
世界中で日本あるいは日本人の存在感が低下しているという話をよく聞く。
日本人留学生の減少にはカラクリが、海外渡航者数についても為替相場や企業業績による変動を想定しないと一概には言えないと思うので、一般的な言説にはそれほど組しないのが僕の立場ではあるものの、一方で「海外に来たは良いけれどあまりイケていない日本人」の存在は非常に気をかけていたりはする。 日本の企業が生産基地としてだけでなくマーケットとして海外に進出している状況、留学生を中心とした外国人人材の国内雇用あるいは海外での現地雇用の増加状況、英語の社内公用語化などグローバル思考が強まっていく中で、「日本人と外国人を繋ぐパイプ役」として海外での滞在経験がある日本人の活躍には期待を寄せたいところなのだが、僕の知る多くの日本人学生(経験者含む)は残念ながら適任とは言えないコミュニケーション能力しか持ち合わせていない。 兼ねてから僕は「グローバル化はヒト・モノ・カネ・情報の自由な流通の加速と言われているけれど、その中でもっともグローバル化していないのはヒト」ということを言い続けているが、カラオケ・キャピタリズム的とはいかないまでも国境を飛びぬけている!と思える人材はなかなか多くないのが実情だ。 僕が考える「海外に来たは良いけれどあまりイケていない日本人」の基準は3つ。 1.ついつい日本人同士で一緒にいがち or 文化的そして言語能力が近い人種と一緒にいがち (交換留学生に多い) [問題点]言語能力が上達しない。本当の意味の異文化交流が出来ていない。 2.何かあると口に出るのが「日本ではこうだ」「やっぱり日本が一番」 (駐在員に多い) [問題点]異なる他者を理解しようとする姿勢がない限り、現地人に愛されず良い関係性が築けない。 3.現地のものを崇拝して「日本はダメ」と全否定するタイプ (米・西海岸への留学生とアジア外こもりに多い) [問題点]ただの盲目的な猿真似や現実逃避は非建設的で、多様な価値感の中での存在理由として無価値。 これは僕個人の感覚的な価値観でもあるので根拠に乏しいと言われればそこまでではあるものの、21世紀の時代適合性という意味で以上の3点は避けるべき特徴ではないかと思う。多極化というより無極化の様相を持った世界の中で、それこそ世界中との双方向のやり取りが生まれる中で、ヒトもまたバランス感を持ったハイブリッドな思考を欠かすことは出来ない。 そのための言語力はやっぱり欠かすことは出来ないし、自国について理解を深めること、他国に対して尊敬と進取の気性を忘れずに向き合うことが本当に重要だと思う。宗教観やイデオロギーによる固執が少なく気遣いも出来る日本人のバランサーとしての素質は世界トップだと思うし、この素晴らしい素質が世界の舞台で発揮されることがこれからの日本の未来だと僕は密かに期待さえもしている。 「人間が変わる方法は3つしかない 1.時間の使い方を変える 2.住む場所を変える 3.付き合う人間を変える この3つの要素でしか人間は変わらない」 という言葉を言い得て妙だと思う。 ハイブリッドは足し算ではなく掛け算である。 人間一人ひとりがより多様な価値観を持ちよりハイブリッドな存在になっていけるように、特に海外にいる日本人には共に頑張ろうとエールを送り続けたい。 |
|
先日、元マイクロソフト社長でインスパイア創業者の成毛 眞氏にTwitter上で紹介いただいた事で、このブログの読者が大きく増えることになった。見向きもされなかったものが急に評価されるというのは不思議なもので、この時代のインターネットの力を実感すると共に、例え見向きもされずとも己が想いを発信することの重要性を認識するに至った。
現世の評価を超えて、自国民・広くは人類のために書の価値を認めた人物に近世中国の林則除という人物がいる。 この人物はあまり日本人には馴染みがなく、僕も数ヶ月前にライフネット生命の出口 治明社長からお話を聞く(ちなみに僕は初対面の方に「尊敬する人物は誰ですか?」という質問をよくする)までは、全く知ることのなかった人物の一人であったのだが、近現代の中国そして日本に大きな影響を与えた人物であると共に、現代では中国の国民的英雄との評価を受けている人物とのことである(先月マカオの記念館を訪れました)。 1785年福建省生まれの科挙として中国国内を悩ませていたアヘンへの対策に奔走した林則除は、歴史上では長らく(おそらく鄧小平が改革開放を宣言した頃までは)、1840年から始まるアヘン戦争を引き起こした人物、中国史における屈辱、1842年の南京条約(香港島割譲、賠償金、広州、福州、廈門、寧波、上海の5港開港、貿易完全自由化)に至る敗戦の戦犯と称されてきた人物であるが、同時に日本の幕末に大きな影響を与えた書籍『海国図志』の編纂に関わった人物としても知られている。 林則除は、西欧列強の脅威に対して過度の楽観と過度の恐怖が蔓延する清国国内(まるで現在のどこかの国の状況によく似ている)において、列強の実体を冷静かつ現実的な目線で見つめることにより状況の打開を計るべく、列強に関する外国語書籍の徹底的な翻訳を命じ、特にイギリスの国内政治構造から文化に至る手に入るあらゆる情報の収集して「西洋の長所を学んで、西洋からの侵略を制する」という思想にたどり着く。 ここまで来ると多くの日本人は「あれ、どこかで聞いたことのある話だ」と気付くのだが、この研究をまとめた書籍が『海国図志』であり、幕末の日本で佐久間象山・勝海舟・坂本龍馬・吉田松陰・西郷隆盛らが西洋を研究する際に広く読んだといわれる書籍である。 林則除自身はイギリスとの関係悪化を恐れた清国によって欽差大臣を解任、アヘン戦争の責任をとって新疆ウイグルに左遷され、歴史の表舞台からは姿を消してしまう。そして、その後の歴史こそが、集めた資料を受け取った魏源によって完成する『海国図志』なわけだが、絶望の中で想いを文字に託した彼の精神力には強い尊敬を感じざるを得ない。 当時の新疆ウイグルへの左遷は地下資源が注目される現在とは較べようのないほどの僻地の僻地への左遷であり、科挙であった彼にとっては二度と中央政治に戻ることの出来ないことの宣告であったに違いない。そんな状況下でも、彼は己が知性を後世に伝えることによって、いつか中国が列強の脅威を追い払うことが出来る未来を信じ書に託した。 その精神は皮肉にも自国ではなく、明治新政府を作った日本の侍たちの知性を開化させ、日本をアジアで唯一の近代国家へと導いていく。一方の中国は長らく列強からの辛酸を舐め、1894年には日清戦争にすら敗れる事態に繋がり、中国が林則除の知性をようやく評価するのは、実に鄧小平改革開放政策が始まった1978年まで待たれることになった。 歴史は実に面白い。何が何に影響を与え、何が起こるかなど誰にもわからない。 ただ一つ言えることは、何もしなければ何も起こらない、という真理しかない。だからこそ、僕たちは発信すべきだし、発信された想いに対して向き合い続けなければいけないと思える。 林則除というたった1人の男から生まれた19世紀アジアのダイナミズムに想いを馳せるとき、僕は21世紀のグローバル世界へと向かう僕たちの姿勢を正す強い意欲を感じざるを得ない。 現在を幕末に例え、幕末の志士たちを見直す動きが多く見られる。リーダーシップ、時代への目、実に多くのことが現在に共通する時代だからこそ、僕は林則除の精神もまた見つめ続けたい。 開かれた世界で、開かれた思考を持って、己が想いを伝えようと思う。僕たちが林則除ほどの偉大さのない存在だとしても、何もしなければ何も生まれないのだから。 だからこそ僕も、ささやかながらも書く営みを続けようと思う。 |
|
若者が「国家を衰退から如何に救うか」というマクロの視点で物事を考えるのが重要であるのと同じぐらい、「国家が衰退した場合に己の身を己で如何に守るか」を真剣に考える事は不可欠であると思う。
そのためには今の20代が働き盛りの40代・50代になる20年・30年先後に一体どのような世界になっているのか自分の頭で予想し、それに対応したリスク管理をしていくことが重要になる。 勿論、冷戦構造・BG(Before Gates)・高度経済成長の時代であった今から30年前の1980年に現在の日本と世界の状況を誰も予想出来なかったように、2010年の目で未来を予想することの精密性は望むべくもない。ただそれでも「自分なりに未来を予想し、それに対応した行動を取ること」なしに時代に向き合うことは出来るはずがない。 近い将来(例えば5年~10年先)の日本は比較的容易に想像出来る。 ①日本の借金がGDP比200%、1000兆円台に突入 ②労働人口の減少・社会保障費の増大・年金債務の拡大の少子高齢三重苦 ③市場環境のグローバル拡大による外国人採用数の上昇、若者の失業率の増加 この辺りが誰でも言える現在のトレンドを鑑みた短期的将来予想となる。 特に③点目に関して、北京大学や清華大学といった大学から国内大手企業への外国人採用(本社勤務)を受託しているベンチャー人材系企業に務める友人に聞くところ、ニュース(知らない人はユニクロ~パナソニック~コマツ辺りの動向はせめて押さえるべき)に出ているトレンド以上の採用の外国人シフトが加速しているらしい。 同時にこれまでの日本企業のナショナル・スタッフ採用形態とは異なり、ようやく日本企業(の中でも現在は特に良質な大手企業)もグローバルな人材獲得競争に対抗すべく「グローバル統一人事」を導入しつつあるあるようだ。「モノ・カネ・情報」に対してグローバル化が遅れている「ヒト」にもグローバル化の流れが押し寄せている。 前述の友人との会話の中で特に興味深かった点としては、 優秀な学生といっても企業が必要としている人材は潜在マーケット規模が大きい中国・ヴェトナム・インドといった国々の学生で、例えば若者の高失業率が問題となっている韓国の大学生は想定には入っていない点、があった。 韓国の高麗大学や延世大学の2・3カ国語は当たり前・起業目的で離職する率が低い人材よりも、あくまで今後マーケットを取りに行くための現地人材(既存のナショナル・スタッフではなく人事的には日本人と同等の現地人材)の獲得が必要。その場合には日本語能力を要求しない・多少の起業離職リスクも引き受けるといった企業心理が見えてくる。 近い将来(例えば5年~10年先)の世界トレンドについては僕は以下のように見ている。 ①新興国中心の経済成長(これは猿でもわかる) ②アウトソーシングの加速による均衡で知的労働者(特に会計士)の相対的価値が低下 ③M&Aの継続やグローバル人材獲得による多国籍企業の業務効率化と市場影響力が拡大 (新興国発で潤沢なキャッシュを持つ企業による先進国企業の買収の拡大も含む) ④国境を跨いで働く人間の増加傾向が継続 論拠としてはC・K・プラハードの 『ネクスト・マーケット』 やダニエル・ピンクの 『ハイ・コンセプト』、リチャード・フロリダの 『クリエイティブ・クラスの世紀』などなど... 僕はこういった状況を踏まえて日本の10年後・20年後で悲観的にも楽観的にも、 ・国家財政の悪化により資本売却・国債の海外販売比率が増加=外国資本への市場開放が加速 ・特に中堅の日本企業が中国やインドと言った国々の資本に買収される可能性(例えば自動車関連のメーカー・ホテル・アパレルetc.) を真剣に考えている。「とはいえ日本はまだまだスゴい!!」と気を張る人たちの言い分も理解しているつもりだし、僕は日本的な価値観や物事の良い部分を十分に理解していると思う。ただ今の日本が起死回生の明治維新の時代のような頑張りをしない限り(強い政府・時代適合した教育・強烈な危機意識)、外資が日本にどんどん入っていくことは避けられない。 あるいは(日本人は別名ハゲタカと信じている)外資の参入を拒んでデフォルトが起きた場合には、半鎖国状態でChikirinさんの予想に近い「日本はアジアのイタリアに」なる選択肢もあるとは思う。ただそうなった場合でも、以下の論調を退けるものではない。 最近よく一緒にいる某就職支援団体の代表者との話からの所感として、多くの20代は考え方を変える必要性があるとつくづく思う。これから人並み以上の暮らしをしたければ就職の考えは、 ①グローバルな競争に身をおき外資系企業に就職出来る能力を身につける ②韓国のように国内大手企業(グローバル企業)への熾烈な就職競争に勝ち残る戦いに身をおく(既に進行中) ③買収された時に外国人(アジア人)の上司のもとで働けるコミュニケーション能力を身につける ④外国人を相手に日本国内の資源を必要とする外貨獲得産業に身をおく(例えば観光業や高付加価値の農業) あたりで勝負をしていくのが現実的な路線だと思うが、そういった考えなしにただただ就職活動をしている学生があまりにも多い。もちろん日本は依然として国内市場が大きい国だし、メガバンクやJRのような“潰れなさそうな”企業に就職人気が集まることに理解は出来るが、今後伸びていく場所に身を置くならいずれにせよキーワードは「グローバル」、「海外で働きたくない」新入社員は結構だが、「グローバル思考」のない者には21世紀の明るい未来があるとは思えない。 幸いな事に僕たち20代には守るべき既得権益も資産も(将来の年金保証も)大してないのだから、「なんとかなるだろう」「とはいえ国は大丈夫」といった茹でガエルの精神から脱却し、改めて福沢諭吉的「一身独立して一国独立す」の精神を持つべきだろう。それが嫌ならLOHAS的暮らしを追求する方が良い。 「入れたらラッキー」「安定志向で大手・公務員」的な安直でほとんど思考停止状態の就職をさっさとやめて、時代適合していると自分の頭で考える能力をしっかりと身につける20代を過ごすべきだ。 それを持たない人間は、いよいよ「下流社会」に沈んでいく可能性が高くなる。 |




